本記事は、2026年8月に行われた一部の対人支援団体の経営層・管理層を対象としたクローズドのセミナー「AIの発展は対人支援にどこまで影響を及ぼすか?デジタルアウトリーチ・ネット相談への影響を検討する」(話題提供者:NPO法人OVA代表理事 伊藤次郎)の内容をもとに、主に「相談」に関わる部分の一部を再構成したものです。
ここでは一般的なAIへの相談についてだけではなく、「相談支援を目的として開発されたAI(相談AI)」について主に取り扱っています。対人支援関係者の議論の材料になることを目的に、公開します。
内容が長文のため最初に要約を用意しました。
・悩みの相談相手としてAIが急速に広がり、希死念慮を含む深刻な相談もAIに向かい始めている。海外では規制も始まっている。
・AIが相談を機能的にこなせること(技術的に可能か)と、社会がそれを委ねてよいか(規範的に許容できるか)は別問題であり、分けて考える必要がある。
・AIの共感的応答による主観的効果は否定しがたい。一方で、依存なども指摘されており、効果の外側にも目を向ける必要がある。
・AIの相談活用を全面代替/全面禁止の二元論だけでなく、相談AIを「入口・トリアージ」に留めて人間へ引き継ぐ在り方や、その場合でもAI活用のガバナンスの在り方を考える必要がある
・相談活動へのAI活用は、支援関係者間の摩擦を免れ得ないが、今こそ技術の発展と自らの活動の在り方に向き合って、議論を加速すべきである。
・人間の固有性は、傷つきうることや他者の痛みに能動的に応答する責任主体性にあり、支援職は代替の不安に立ちすくむのではなく、痛みへの応答に集中していくことが必要ではないか。
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【目次】
1. 「相談」相手が変わりはじめている
2. なぜ人はAIに相談するのか
3. AIへの依存と米国における規制
4. AIは人間の「相談」に対応できるのか
5. 「技術的に可能か」と「委ねてよいか」は同じではない
6. 60年前の論争と「イライザ効果」
7. 第三の道──ガバナンスを加速せよ
8. 私たちは何を大切にしたいのか
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1.「相談」相手が変わりはじめている
AIの発展で相談活動はどう変わるか?
本題に入る前に生成AIの活用状況について簡単に確認しておきましょう。
総務省の最新調査によれば、日本における生成AIサービスの利用経験は、2023年度9.1%→2024年度26.7%→2025年度58.8%と推移しており、無視できないほどの変化が起こっていることが見受けられます。

同調査では「生成AIをどのような存在と感じるか」という項目もあります。日本の1位は「機械・道具」38.3%で、「カウンセラー」は12.9%です。一方ドイツでは「カウンセラー」が41.0%で二位、中国では38.1%で三位に入っていました。(※1)

一部のユーザーはAIにカウンセラーのように「悩み」を相談していることが考えられますが、AIへの「相談」には深刻な内容も含まれます。そうした語りはOVAの相談活動の中でも見受けられますが、OpenAIの公表値によれば、ChatGPTの週間アクティブユーザーのうち、約0.15%が自殺の計画や意図を明示的に示す会話を行っている、と推定されています。(※2)
概算ではありますが、仮に週に約8億人が利用しているとすれば、これは一つのAIでも週あたり約120万人という規模になります。

また、最近のChatGPTでは自殺対策をすすめられており、「死にたい」等の希死念慮を発露すると相談窓口が表示されるようになるだけでなく、ユーザーが希死念慮を発露”しなくても”、積極的に希死念慮を確認する質問をするなど、ゲートキーパーのような挙動をすることも今年に入ってから確認できます。
現実の世界で助けを求められないこども・若者たちがデジタル空間、具体的には検索エンジン、SNS、そして最近はAIに「死にたい」と打ち込み始めているのが確認できます。

OVAは自殺対策に取り組む非営利団体として、検索連動広告等のアドテクノロジーを活用したデジタルアウトリーチや、インターネット相談(SNS相談)など対人支援のDX化の開発・実践・研究・普及に取り組んできました。
「AIの発展は対人支援にどこまで影響を及ぼすのか」は、非営利セクター・対人支援専門職等の関係者から、言葉を変え、度々問いかけられるようになっています。相談活動を実施する団体にとっても避けて通れない問いになってきているのを感じています。
対人支援といっても、様々な段階があります。ここでは主に相談支援について取り扱います。

2. なぜ人はAIに相談するのか
では、そもそも、なぜ人はAIに相談するのでしょうか。
米国のある調査では、メンタルヘルスの悩みで医師や友人・家族よりもAIに相談しており、人間よりAIチャットボットを選ぶ理由として、他人にどう思われるかへの恐れが挙げられていました。
AIに相談しても「批判されない・恥ずかしくない」という相談する側にとっての心理的安全性があるのでしょう。加えて24時間・無料・待機時間ゼロというアクセス性があります。(※3)


私が出演した「AI×自殺対策」を特集したラジオ番組でも、AIに相談する若者たちの声が取り上げられました。「相談は家族・友達に相談することで自身をとりまく環境(人間関係)が変容するが、AI相談はそれがないことが安全と思い、相談している」といった声がありました。(※4)
OVA自身では、2023年に重度の心理的苦痛を有する成人1,024名(K6≧13、18〜69歳)へAI相談に関するニーズ調査を行いました。(※5)

心理的危機状態にある人の約2割は、AIによる支援でも助けを求める意思があります。ただし約75%は、人にもAIにも相談する意向がありませんでした。つまりAIは、既存の窓口では拾えなかった層の「入口」になりうる一方、「相談しない大多数」という壁は依然として厚い、ということでした。
ただし、2023年と言えば、総務省調査によればまだ生成AIを活用したことがある人が1割にも満たない時期であり、「ハルシネーション」が話題になっていた時期で、現在よりAIの性能も低かったと言えます。現時点で調査をすれば別の結果が出る可能性は大いにあるでしょう。
3. AIへの依存と米国における規制
一方で、AIに相談することへの負の側面も同時に起こっています。海外では、未成年者の自殺をめぐり、生前のAIとのやり取りやAI事業者の安全設計が問題とされ、遺族が事業者を提訴する事案が起きています。これを受けて今年に入って規制が急速に動いています。
米ホワイトハウスの国家立法枠組み(2026年3月)(※6)、そしてカリフォルニア州のSB243などが代表例です。SB243は、AIコンパニオンチャットボット運営者に対して、AIであることの明示、自殺念慮を示した場合の危機対応プロトコルの整備・公開、未成年者への特別な安全設計、そして州への自殺予防の担当部署への報告義務までを課しています。(※7)

日本ではどうでしょうか。2025年にはAI推進法、対人支援に関連した領域の動きでは自殺対策基本法では、基本理念に「人工知能関連技術等の適切な活用」という文言が加わりました。民間では相談AIを提供する事業者も現れています。それに伴って一部の地方自治体では「相談AI」の導入も進みつつあります。
地方自治体の相談AI導入が加速すれば、ニーズが生まれ、NPOにSNS相談ツールを提供する事業者も「AI機能」を標準搭載するようになり、現場の導入障壁は下がっていくばかりでしょう。SNS相談の普及の背景にもWeb接客ツールの普及がありました。
4. AIは人間の「相談」に対応できるのか
では、そもそもAIは相談に対応できるのでしょうか。
相談の形式を分解してみます。対面、電話、WEB対面、チャット(SNS)、メール。これらは、言語情報・音声情報・視覚情報・時間の同期性・空間の同期性という軸で整理できます。(※8)

AIは身体を持っていないので現状「対面」はだいぶ人間との差異がありますが、それ以外の形式は、一定、自律的に実施できそうです。
AI相談の場合、対応しているAI側に意識(感覚器)が「ある/なし」に人間との差異があります。客観的に見れば、AIの「つらかったね」という応答の向こう側には誰もいない。あるのは半導体とそれを動かすエネルギーです。
AIは音声や雰囲気(癖)など、ユーザー側の好きな声優・芸能人・推しなどのデータ活用することで模倣も可能です。(もちろん実装には、本人・権利者の同意、肖像・音声等に関する権利、プライバシーなど別途、重要な論点があります)
例えば、特定のIPや芸能人や声優さんと連携して「電話相談AI」「WEB対面相談AI」を支援団体がローンチすることも”技術的”にはできるでしょう。もっとも、それはよりAIへの依存を引き起こすかもしれません。
AIへの相談について「効果」の面では、どうでしょうか。無視できない研究も出ています。
例えば、直接的な相談の効果ではないですが、よく「共感」の文脈で引用される有名な研究があります。ChatGPT(GPT-3.5)と医師の回答を医療専門職が匿名で比較評価した研究で、質問への回答文が医師よりもAIの方が品質・共感性が高いというものがあります。(※9)

こうした専門家による第三者の評価ではなく、直接的な利用者に対してのRCTなども行われています。米国のWoebot(業界内で最も有名なAIサービスの一つと言えるでしょう)は生成AIが出てくる前から、認知行動療法(CBT)ベースの自動対話型メンタルヘルス支援サービスを提供し、RCTなどの研究も行ってきました。対照群と比べうつ症状の有意な改善と高い継続率・満足度が示されたものもあります。(※10)

そのWoebotですら、昨年BtoC事業から撤退しました。安全性を担保しやすいスクリプト型を選んだからこそ規制に適応できたのに、ChatGPTの台頭でその設計自体が市場で陳腐化した、という指摘があります。
このケースは示唆的で、支援団体が相談AIを開発する場合の一つの問いが立ち上がります。メモリ機能(過去のやり取りを記憶)まで備えた汎用の基盤モデル(ChatGPT・Gemini・Claude)を人々がすでに使っている中で、自団体の「相談AI」にわざわざ相談する理由——利用者にとっての優位性はどこにあるのか。しかも米国の一部の州では、コンパニオンAIが希死念慮を検知すれば人間の窓口へ誘導する義務が課され始めています。汎用AIが入口の役割を担うのなら、相談事業者や自治体が独自の相談AIを持つ社会的な意味は何か、という問いです。
OVAは3年前、チャット・電話の相談AIのデモを開発し、社員が相談者役となって社内で検証しています(実際の相談者データは不使用。開発は中断し、非公開)。基盤モデルを用いれば低コストで作れることも、その時点で確認しました。自団体にとって相談AIを開発する「意味」は考える必要が出てくると思います。
もっとも、AIが量・質ともに人間の相談員を上回るという研究が今後続々と出てきても不思議はありません。しかし「AIが相談業務を高度にこなせる」ことは、「人間の対人支援が代替される」ことを直ちに意味しない、と思います。
5. 「技術的に可能か」と「委ねてよいか」は同じではない
技術的可能性(有効か) と 規範的許容性(委ねてよいか) は、
必ずしも同じ問題ではないと考えます。
論点①:技術的に可能なこと ≠ 社会的に許容・普及すること
歴史的に、技術的に可能なことでも、社会に受け入れられ、普及するまでには時間がかかります。電気・電話・自動車・インターネットも発明から十数年から数十年単位でかかっています。
OVAでは2013年にネットから介入して継続的に相談を受け、リアルの社会資源につなぐネット相談(メール相談)を開始し、WEB接客ツールを用いたチャット相談(現在SNS相談と呼ばれるもの)は2016年に先駆けて開始しました。政策化の兆しが見えたのは2017年、DX化がより進んだコロナ禍の2020年の外部環境の変化があり、自殺対策を超えてネット・SNS相談が普及が進んでいきました。
対人支援のDX化の開発・普及に関わった当事者から言えば、こうしたネット相談については10年前、専門職の間で賛成よりも批判の声の方がはるかに多かったと感じています。OVAではネット相談の実践だけでなく、関連した研究や論文投稿、学会発表、調査、政策提言などを重ねて自殺対策/対人支援関係者に理解してもらうことを務め、普及に尽力しました。
「技術的にできること」と「社会的に広がる」の間には、大きな距離があり、すでに相談AIは多くの形式において「技術的に可能」になっていることを考えると、それをどこまで社会的に許容するかの議論を始める入口にあると考えています。
論点②:「効果」の外にある「副作用」はないか
相談AIの「効果」だけを見ていると、その外側にある副作用を見落としかねません。特に見落とされがちなのが、AIと人間の関係が、AIの外にある人間関係にどう影響するかです。例えば、自転車から電動自転車にすれば、坂道は速く、楽にいける。「速く」「楽になる」という点で明らかに「効果」はあるでしょう。しかし、人間の筋力が下がる場合もあるかもしれない。
同様に、AIに共感をされ続けることで、人と人とのつながりが拡張されず、失っていくという可能性もあります。社会学者シェリー・タークルは、「私たちがテクノロジーには多くを期待し、互いには少ししか期待しなくなること」そして「見せかけの共感を、本物の共感と捉えて十分だと思い始める」ことに警鐘を鳴らしています。(※11)
AIを「共感的で安全だ」と感じることで、周囲にいる生身の人間に対しての期待値が下がったり、「人間に相談することが安全ではない、危険だ」と感じて、回避するようになる可能性はないでしょうか。これはすでに一部のこども・若者に起こっているような気もしています。
「人間なんかに相談するのは危険だよ。AIの方が安心だよー」
例えば、過去の援助要請が周囲の大人に受け入れられなかった経験をしたこども・若者であれば、そう考えていても不自然ではありません。
場合によっては人間への援助要請能力(相談する力)への影響も検討しなければならないでしょう。「”AIへの援助要請の仕方”をまとめていった方がよい」という論を複数の関係者から聞いたことがあります。すでに相談が始まっている現状を考えて、それは否定はしませんが、仮に大人がこどもに「AIへの相談を促していく」メッセージを社会的に送ることになった場合、同時にどんな言外のメッセージを送っているのかも検討する必要があるでしょう。
ごく一部ですが、そうしたAI利用の副作用に関する研究も始まっています。AI友達アプリを対象とした調査では、well-being向上の実感がある一方で、孤独感や依存の亢進が示唆されています。(※12)
ドイツ成人の横断研究では、個人的な会話目的でのAI利用が多いほど孤独感・社会的孤立・ひきこもりが高い傾向があるようです。(※13)ただし、こうした研究も「孤独だから使う」と「使うことで孤立が進む」は混在していて注意が必要です。「AIと人間の関係が、その外側にある人間関係にどう影響するか」は問題意識自体が新しく、研究の蓄積が乏しい状況です。

根本的な点として、仮に「相談AIに効果がある」と証明できたとしても、それがそのまま社会への普及につながるわけではありません。有効性を示すことと、社会がそれを受け入れて制度に組み込むことは、別の問題だからです。これはデジタルアウトリーチ・インターネット相談の開発・効果の検証・政策提言・普及に携わった当事者としても感じているところです。
普及の可否は人々の文化的な許容に左右され、その許容は法や政策とも影響しあいます。そして制度化・政策立案のプロセスもまた、エビデンスから一直線に進むような単純なものではないと思います。
論点③:その応答は「統計的共感」である
そもそも、AIは共感をしていないと考えられます。「つらかったね」の文字列の向こう側には誰もいない。
AIには今のところ感覚器がなく、個人の気持ちを汲んで応答しているというより、膨大なテキストから学習した確率的なパターンに従って、共感的に見える言葉を統計的に選んでいる。いわば『統計的共感』のようなものと考えられます。
そして今日のAIの統計的共感は私たちには温かすぎるようです。だから依存が問題になっています。AIをそのうち人間と勘違いをすることもあります。サプリメントが医薬品ではないと明記しなければならないのと同様に、ユーザーが人間と錯覚しないよう「これはAIである」と明確に示す必要があります。前述したように米国カリフォルニア州の法規制(SB243)などでも、こうしたAIであることの明示義務化が進んでいます。
そもそも「相談AI」ではなく、一般的なチャットボットを提供する営利企業が、ユーザーに共感・相談機能を提供しています。BtoCのビジネスを展開する企業は、顧客生涯価値(LTV)を最大化させるため、ユーザーのエンゲージメントをいかに高めるかにインセンティブが存在しています。それは別の視点で見れば「依存」を引き起こす設計にもなります。ですから、そうした自由市場の負の外部性を法的に規制をかけることには一定の合理性があります。
さて、AIがそもそも共感に似たような応答をしているだけだとしても、それでも、利用者が「共感された」「癒された」「支えられた」と感じ、現実に意味を持ちうるのも確かです。「AIに相談して救われた」と話す人がいたとして、その主観的な経験は確かであり、それを否定することも望ましくないように思います。
私たちはもともと、亡くなった人やペット、無機物にすら「つながり」を感じ、小説や映画に涙する存在です。私たちは映画で怖いシーンがあったら、それが現実ではないとわかっていても、本当に体がビクッと反応することがあります。現実と人間の反応は必ずしも連動していないです。
「泣きたい、笑いたい、心を動かしたい」そういうニーズがあって、私たちはむしろ、すべからく誰しも、積極的に様々な虚構に身を投じる経験をしています。考えてみれば、そもそも相談者は相談そのものを欲しているわけではないのです。
6. 60年前の論争と「イライザ効果」
先日、自治体での相談AIの導入についてSNS上で物議を醸されていました。相談AIについて、対人支援職や非営利セクターなど「相談」にかかわる人たちよりも、むしろ一般の方々のほうが議論している状況ではないかと思います。こうした議論は、実は今に始まった新しい論点ではありません。ここで少し歴史をさかのぼります。
60年前、カール・ロジャース派の精神分析医を模倣した対話プログラム「ELIZA」を開発したジョセフ・ワイゼンバウムは、人々がプログラムの応答に、実際には存在しない理解や感情や意図を無意識に感じ取ってしまう現象を発見しました。「イライザ効果」と呼ばれるものです。

開発者のワイゼンバウム博士の秘書でさえ、プログラムであるイライザと会話するために秘書が博士に「部屋から出ていってほしい」と頼んで、博士が衝撃を受けた、というエピソードがあります。(※14)

そして同じ頃、精神科医ケネス・コルビーは「1時間に数百人の患者を扱える」という精神医療の未来を構想していました。治療者不足を、機械で補えると。
それに対しワイゼンバウムは、「われわれが、心の問題で悩んでいる人の力になろうとするとき、まずその問題を何らかの形で経験し、それに参加すること、また多くの場合、感情移入によって問題を認識し、ひいては理解することが必須条件であると、私は考えてきた。治療者が想像力を駆使して、患者の内的人生に自己移入するためには、確かに多くの技術がある。しかし、治療の過程で必要不可欠なこの要素を、機械による操作で置き換えてしまえと主張する精神科医がいたとは!——これは、私の想像だにしなかったことである。」と、精神科医のコルビー氏らを批判しています。
これは書き間違いではありません。「1時間に数百人の患者を扱える」と主張しているのは精神科医であり、批判しているのはコンピューターの科学者です。

現代の私たちが直面している論点は、この延長線上にあります。にもかかわらず、このような議論すら、対人支援にかかわる人たちの間で湧き上がらないこと自体が、一番の問題なのではないでしょうか。
7. 第三の道 ── ガバナンスを加速せよ
「支援が届いていない声なき声にリーチし応答すること」(コルビーの志)と、「技術的にできても委ねてはならないものがある」(ワイゼンバウムの実存的問い)は、論点が違うためにかみ合わないだけで、どちらも正しいものと思います。
いずれにせよ、強調しておきたいことは、当時、これらの先人たちは発展する技術から目を背けることなく向き合い、責任を背負って行動していたということです。
さて、今日の生成AIにおいても「イライザ効果」はあるでしょう。だからこそ米国では規制が始まっています。たしかに生成AIの応答は共感を模倣した統計的な共感にすぎないでしょう。しかし、だからといって「本物の共感ではない」として、「相談AI」を封じ込めるべきなのでしょうか。
そして、仮に私たち支援にかかわる関係者がそうした論を展開しようとも、支援団体における相談AIうんぬんに関係なく、人々は一般的なAIに相談し続けるでしょう。(この点は一般的な自由市場における企業の営利活動となるので別の議論が必要です)
人はすでに、錯覚から癒されています。隣にいない誰かや「モノ」につながりを感じる。小説や映画は物語という虚構ですが、私たちはしばしば癒されます。そうした意味で、現状、匿名の相談窓口もパンクする中で、窓口にも自ら来れないような痛みを抱えた人に想像力を持ち、支援を届けるべく実装した相談AIを、頭ごなしに否定することは私にはできそうにありません。批判するにせよ、その志(目的)と実装の在り方は分けて考え、その志には敬意を持ち、具体的な実装について批判するのがよいのではないでしょうか。
そもそも人間の相談員が相談活動における「共感」が本物で、AIはそうではないと、言い切れないかもしれません。
ここで、私は「完全なる規制」でも「完全なる許容」でもない道を提案したいと思います。
相談支援の機能を持つ「相談AI」は、匿名のインターネット相談ですら相談しづらい層へリーチすべく、相談しづらい層の「入口」としての機能に留める。 そこから人間へスイッチするハイブリッドモデルとし、「AIに対人支援を代替しきる」方向性にはしないこと。つまり、対人支援の在り方を何か一色になることを避け、様々な選択肢を残していく方向性です。
それは「相談」というより客観的な機能で言えば「トリアージ」「スクリーニング」に近く、相談者側からすると「相談の練習」「セルフケア」に近いものなのかもしれません。そして、その初期対応であっても一定の有効性を安全に享受するために、AI応答の安全性・有害性・有効性を総合的に測定していく必要があると考えます。
それが何かはここでは展開しきれませんが、様々な各論があるでしょう。例えば「こども」と「大人」など対象によっても別の議論が必要です。EU AI法(EU AI Act)でも危険度に応じて規制の強さを変える「リスクベースドアプローチ」が採用されています。
こうしたことは社会的に議論を加速させた方がよいと考えています。
支援が必要であるにもかかわらず支援が届いていない多くの「声なき声」に更に支援を届けるため、AIの活用をする。同時に、AIに委ねてはならないことの議論も加速させる。 ブレーキやルールがなければ、アクセルは踏めません。ただ立ちすくむだけです。それこそが一番の問題であると考えます。声なき声にリーチすべく、AIを活用するのであれば、ガバナンスの整備も加速させる必要があるのではないでしょうか。具体的にはAI活用原則などの策定が必要でしょう。(※15)
こうした話をすると「AIが相談に入れば、もう相談員は要らなくなるのでは」という不安が湧きあがってきますが、問題はそれほど単純ではないかもしれません。
かつて「AIによって消滅する」と言われた放射線技師は、実際には増えました。(ジェボンズのパラドックス:効率化はコストを下げ、コストが下がると需要が掘り起こされ、需要の増加が効率化の節約を上回る)
AI相談の初期対応の導入によって、アクセシビリティが広がり、相談のハードルが下がり、掘り起こしにつながり、相談の総量が増える可能性すらあります。なお、2017年から政策化していったネット・SNS相談の普及は相談員の雇用を新しく生み出しています。相談活動にAIを一部導入することは、人間が行う相談活動に変容はあうでしょうが、人間の相談が消えてなくなるというほど単純ではないように思います。
OVAが実施してきたデジタルアウトリーチは現実でSOSを出せず、検索エンジン・SNS・AIなどデジタル空間において、SOSのサインを察知し、リーチすることですが、それらの具体的なデータを見てきた立場としては、そもそも現実の世界でSOSを出すこともできないボリュームとそれを受け取る受け皿(相談体制)には現時点で、あまりにも大きな乖離があるように思います。言ってみれば、相談AIによるアクセシビリティの拡大はその潜在需要をより顕在化する可能性があります。
OpenAIは2026年に発表した政策提言書の中で、超知能への移行する社会の中で、
「ケアや人と人とのつながりを重視する経済分野」の拡大を見込んでおり、ケア関連職への移行を政府が支援するよう提言をしています。(※16)
もちろん、これらは一つのAI企業による提言であることは十分に考慮に入れる必要があります。個人的な観察によるものですが、60年前のワイゼンバウム博士とコルビーの対立構造と同様、今日においても、対人支援にかかわる人よりも、むしろAI研究者の方が「共感」や「ケア」の領域を人間の聖域と見なしているような印象すらあります。
8. 私たちは何を大切にしたいのか
「こどもが苦しんでいるとき、その共感のすべてをAIに委託する社会を、
私たちはつくりたいのか?」
「こどもが苦しんでいるとき、大人の社会のリソースが割けないことを理由に、
放っておいていいのか?AIであっても受け止めた方がよいのではないか?」
「そもそも、人間だけにできる”共感”とは何か?」
こうした問いに、支援にかかわる私たちは、向き合わなければいけない時期が来ているのかもしれません。
繰り返しですが、技術的にはできるが、社会的に許容がないために実装出来ないことは社会には多くあります。相談AIの導入の議論には関係者間の一定の摩擦は避けられないでしょう。
私は、情報処理や生産という意味では、人間の競争優位はますます失われていくと考えてきました。対人支援においても、そうでない領域においても、人間の固有性を「機能」に求めることをやめることを提案します。「AIには相談のこの部分はまだできないです」は論としてよく聞きますが、いつか「できるようになる」可能性が高いと思います。むしろ、すでにできる能力はあるが、人間側の設計・プロンプトの問題の可能性もあります。
対人支援に限らず「AIは〇〇ができない論」に依拠すると「AIができるようになった」時点で人間が負けることになります。いずれAIが模倣し、追い越しうるため、人間側の「喪失」の問題が噴出してしまいます。今後、問題になるのは実存的空虚、意味困窮とも言うべき、人間の役割の喪失感だと考えます。
むしろ今日、危ういのは、人間が”AIと比較して”自信を失い、自由意志も共感も、すべてをAIに委ね、手放していくことの方でないでしょうか。
AIは傷つきません。だから他者の痛みによって、自分の世界モデルが揺らぐことはありません。人間は、目の前で苦しんでいる人に手を差し伸べることができます。「死にたい 助けて」という検索履歴のたった一行に、誰かの苦しみを見出す想像力があります。
他者の痛みに傷つき、自身の世界モデルが揺らぎ、その痛みに応答して社会を再構成するための行動を起こすこともできる。それこそが、人間の知性なのではないでしょうか。
人間の固有性は、責任主体であること、そして傷つきうることにあると思います。
社会福祉の専門職や非営利セクターが本質的に考えるべき問いは「自分たちの営みがAIに代替されるか」では”ない”ように思います。そもそも相談者は相談活動を求めているのではありません。相談活動とは手段であり、テクノロジーは拡張であり、手段の手段に過ぎません。
対人支援の仕事は、その時々の時代が抱える「イシュー(課題)」に強く規定されます。ソリューション(AIが代替するか否か)ではなく、イシューの側を捉える必要があると思います。
AI時代への移行期には、指数関数的に発展するAIに対して、線形的な成長・変化しかできない社会制度側が追いつかず、不確実性が広がっていくと思います。つまり、「何が起こるかよくわからない」が大きくなる。それが今の社会が抱えている最も脆弱な側面だと個人的には考えています。
AIの発展が多大な恩恵をもたらす一方で、今後、今までにないような問題(誰かの痛み・傷つき)が伴ってくるものと思います。そうした局面において、私たち支援にかかわる人たちが「自分の役割がAIに代替される」という不安のまま立ちすくんでしまえば、苦しんでいる誰かの具体的な貢献は何も生まれそうにありません。
今は「AIに越された」程度で怯んでいるような状況ではないと思います。必要なのは、外部環境の変化であるAIの発展に向き合い「自分たちは代替されるか?」という問いを、「痛みを抱えている人が誰で、自分には何ができるか」 という問いへと設計し直すことだと思います。
誰かの痛みに想像をはせ、その痛みに何ができるかを考え、実際に応答し、行動し続けること。そうした人間ゆえの営みを通じて、私たちに新しい役割や存在意義が生まれるのではないでしょうか。
書き手:伊藤次郎(NPO法人OVA代表理事 精神保健福祉士)
本記事についてご意見・ご感想がある方はぜひお寄せ下さい。
https://forms.gle/BNbhXTpL1gEx8vbb7
【引用・参考文献】
※1 総務省(2026)『令和8年版 情報通信白書』
AIの進展がもたらす多面的影響~人間とAIが健全に協働するデジタル社会の実現に向けて~
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r08/pdf/index.html
※2 OpenAI(2025)「デリケートな会話における ChatGPT の回答を強化」
https://openai.com/ja-JP/index/strengthening-chatgpt-responses-in-sensitive-conversations/
※3 Cognitive FX, “Survey Reveals More Than 1 in 3 People Use AI Chatbots for Mental Health Support Due to Fear of Judgement”(2026)
https://www.cognitivefxusa.com/blog/mental-health-ai-chatbot-survey
※4 SBCラジオスペシャル 「AIは自殺を防げるのか?」
>https://radiko.jp/r_seasons/10033071
※5 NPO法人OVA「『自殺対策基本法改正に関わるAI相談』のニーズ調査を行いました」
https://ova-japan.org/?post_type=blog2&p=9579
※6 The White House, “President Donald J. Trump Unveils National AI Legislative Framework”(2026年3月20日発表)
https://www.whitehouse.gov/releases/2026/03/president-donald-j-trump-unveils-national-ai-legislative-framework/
※7 California Senate Bill 243(コンパニオンチャットボット法。2025年10月13日 州務長官により法律として制定、2025年法律第677号)
https://legiscan.com/CA/text/SB243/id/3269137
※8 伊藤次郎. (2021). ICT を活用した自殺対策とコロナ禍以後の支援の在り方 (特集 コロナ時代の自殺対策). 公衆衛生= The journal of public health practice, 85(3), 171-176.
※9 Ayers, J. W., Poliak, A., Dredze, M., Leas, E. C., Zhu, Z., Kelley, J. B., … & Smith, D. M. (2023). Comparing physician and artificial intelligence chatbot responses to patient questions posted to a public social media forum. JAMA Internal Medicine, 183(6), 589-596.
※10 Fitzpatrick, K. K., Darcy, A., & Vierhile, M. (2017). Delivering cognitive behavior therapy to young adults with symptoms of depression and anxiety using a fully automated conversational agent (Woebot): a randomized controlled trial. JMIR Mental Health, 4(2), e7785.
※11 シェリー・タークル TED「つながっていても孤独?(Connected, but alone?)」/”Artificial Intimacy”(人工的親密性)
https://youtu.be/t7Xr3AsBEK4
※12 Marriott, H. R., & Pitardi, V. (2024). One is the loneliest number… Two can be as bad as one. The influence of AI Friendship Apps on users’ well‐being and addiction. Psychology & marketing,41(1), 86-101.
※13 Hajek, A., Zwar, L., Gyasi, R. M., Yon, D. K., Pengpid, S., Peltzer, K., & König, H.-H. (2025). Association of using AI tools for personal conversation with social disconnectedness outcomes. Journal of Public Health (Berlin). https://doi.org/10.1007/
※14 ジョセフ・ワイゼンバウム『コンピュータ・パワー:人工知能と人間の理性』秋葉忠利 訳、サイマル出版会
※15 伊藤次郎. (2025). AI 時代のソーシャルワーカーのあり方について. 精神保健福祉= Japanese journal of mental health social work: 日本精神保健福祉士協会誌: JJMHSW, 56(4), 302-308.
※16 OpneAI「Industrial Policy for the Intelligence Age: Ideas to Keep People First」(2026年4月6日発表)https://openai.com/ja-JP/index/industrial-policy-for-the-intelligence-age/
