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インターネット・ ゲートキーパー事業 から生み出された 研究の概要について 末木新(和光大学 現代人間学部 教授)

インターネット・ゲートキーパー事業から生み出された研究の概要について 末木新(和光大学 現代人間学部 教授)

いきなり本記事の執筆者(末木新、和光大学教授)の話から入って恐縮ですが、私はこれまでの自分自身の研究キャリア(2007年頃~)のほとんど全てを、インターネット関連技術を活用したより効率的で効果的な自殺予防実践の構築、みたいなことに使ってきました。また、2013年頃からOVAのインターネット・ゲートキーパー事業に関わり、研究をさせていただくことになるのですが、10年ほどの歳月が経ち、インターネット・ゲートキーパー事業から生み出された研究知見もだいぶ増えてきました。そこで、ここではこれまで、OVAの実施してきたインターネット・ゲートキーパー事業から生み出された査読付き論文(専門の学術雑誌に投稿された原稿を、他の専門家が審査した上で、掲載が許可されたもの)の内容について、内容をまとめ、紹介をさせていただきます。

その前に、OVAのインターネット・ゲートキーパー事業というものが、インターネットを活用した自殺予防の歴史上どのような意味を持っているのかについて、簡単に歴史を振り返りながら説明をしていきたいと思います。

 

インターネット関連技術を用いた自殺予防実践の構築の歴史

インターネット利用が一般化し始めたのは1990年代の後半くらいからのことです。そこでは、既に随分昔のことになってしまいましたが、電子掲示板の機能を中心として構成されたいわゆる自殺サイトというものが多数存在していました。私は、そこでの利用者の実態調査や、利用者・管理者へのインタビューなどを行い、そこで構築されてきたオンラインでのピア・サポート・グループの実現をテーマに研究をしていました。その内容をまとめたものが「インターネットは自殺を防げるか」(東京大学出版会、2013)という本で、この本は電気通信普及財団賞という賞もいただきました。

この本の第2部の第5~6章は、ウェブ検索エンジンの利用履歴と自殺リスクの関連を検討したものです。おおざっぱに言えば、2010年頃から検討されてきた情報疫学研究の一種で、自殺とか自殺方法とか、そういうことについてウェブ検索している人の実際の自殺リスクは高いということを示したものになります。

なお、日本では、こういうことが研究をされる前から(私の記憶が正しければ、2000年代の後半から)、Yahoo! JAPANと自殺予防総合対策センター(現在は解体されてしまい、存在しません)が組んで、自殺関連語のウェブ検索の結果画面に各地の精神保健福祉センターの電話番号を掲載するなどの、先進的な取り組みが行われていました。今から見ると、非常に素朴な仕組みでしたが。

 

インターネット・ゲートキーパー事業の登場

こうした情報疫学の研究知見を実際に機能する自殺予防のためのハイリスク・アプローチとして実践のパッケージにまとめあげたのがNPO法人OVAが2013年頃からはじめたインターネット・ゲートキーパー事業でした(図1参照)。この事業の概要のイメージは以下の通りなのですが、要するに、自殺関連語のウェブ検索の結果画面に無料相談(メールで)を受け付ける旨の広告を出し、相談を受け付けて、専門家(精神保健福祉士とか公認心理師をイメージして下さい)が話を聞きながら、現実的な支援の場につなげて、人間関係のネットワークを作っていこうとするアプローチを実践しはじめた、ということです。2021年度ベースでは、両手では数えきれない自治体から事業を受けるほどに成長しました(詳細は、事業報告書の方をご確認下さい)。

図1 インターネット・ゲートキーパー事業のイメージ

インターネット・ゲートキーパー事業については、これまで国際自殺予防学会誌「Crisis」、日本自殺予防学会誌「自殺予防と危機介入」を中心に、査読付論文6報を出しており、事業内容やその効果を科学的観点から検証・改善しながら事業を拡大させてきています。具体的には、このような枠組みで実際に自殺ハイリスク者とコンタクトを効率的にとることができるか(文献 1, 2)、どのようなタイプの検索語を検索してきた利用者の自殺のリスクがより高いのか(文献 5)、どのようなタイプの広告(文言)がより多くの援助希求行動を引き出すことにつながるのか(文献 3)、どれくらい素早くレスポンスをすれば相談継続率を落とさずにやりとりを継続することができるのか(文献 4)、といったことを一つ一つ検証しながら、事業を改善しています。そして、もちろん、こうした相談/危機介入事業の結果、相談者の自殺念慮が低くなることも確認しています(文献 6)。各論文は、本記事最下部の文献情報につけたリンク先からお読みいただくことも可能です。

ほとんどの文献が英語論文になっているのでやや読むのが辛いと思うのですが、初期の研究をまとめたものが「自殺対策の新しい形」(ナカニシヤ出版、2019)という本の第2部でして、日本語でという場合はこちらを読んでいただければと思います。

それでは、各論文について、簡単に解説をしていきたいと思います。

 

研究課題1:OVAの構築した枠組みで実際に自殺ハイリスク者とコンタクトを効率的にとることができるか?

1) Sueki H, Ito J:Suicide prevention through online gatekeeping using search advertising techniques: A feasibility study. Crisis 36:267-273, 2015.
https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000322
2) Sueki H, Ito J: Appropriate targets for search advertising as part of online gatekeeping for suicide prevention. Crisis 39:197-204, 2018.
https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000486

既に述べたように、これまでの情報疫学研究の結果、自殺関連語の検索をするインターネット利用者の自殺のリスクは高いものだと考えられていました。しかしながら、実際に、そうした利用者に対して相談を促す支援活動そのものは行われておらず、実際に広告を打って、相談がくるか否か、相談者が実際に自殺の危険性の高い方々かどうかということは分かっておりませんでした。最初は、このことそのものを実証し、自殺関連語にウェブ検索連動型広告を出すことによって、自殺予防のための効果的なハイリスクアプローチ(注:自殺のリスクの高い人を早期に発見し、継続的に支援を行うことを通じて自殺予防を試みること)を実現できるということを示すことを目的とした研究活動を行いました。

これらの研究は、OVAのインターネット・ゲートキーパー事業が開始された2013年~2015年の頃の相談データを整理し、相談をしていただいた方々の状態の特徴をまとめたものです。自殺関連語にウェブ検索連動型広告を提示し、相談を受けると、8割ほどの相談者は自殺念慮を有しており、また、4割ほどの相談者の方々には自殺企図歴があるということも分かりました。これらの割合は非常に高いものであり(一般向けに相談先情報を示した相談窓口では、相談者の中にこれほど自殺企図歴のある人の割合は高くならないので)、自殺関連語にウェブ検索連動型広告を提示するというアプローチが、自殺予防のための効果的なハイリスクアプローチを実現するための「入口」になりうるということが示されました。

 

研究課題2:どのようなタイプの検索語を検索してきた利用者の自殺のリスクがより高いのか

5) Takahashi A, Sueki H, Ito, J: Reflection of suicidal ideation in terms searched for by Japanese Internet users. Crisis, 2022.
https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000854

文献1、2の研究により、自殺関連語のウェブ検索に対して広告を出すと、それがこれまでにはないタイプの自殺予防のためのハイリスク・アプローチが実現できることが示されていました。しかしながら、自殺関連語にも様々なものがあり、広告を出稿する際には様々に設定を変えることが可能です。そこで、どのようなタイプの検索語を検索して相談に至った方の自殺のリスクがより高いのかということを検討することにより、さらにハイリスク・アプローチの精度を高めることが可能になると考えられました。そこで実施したのが、この研究ということになります。

本研究では、2017年~2019年頃のインターネット・ゲートキーパー事業の広告運用や相談受付時のアセスメントデータを用いて、相談者の方々が相談の前に検索していた検索語の種類と、相談開始時の自殺念慮(自殺したいという気持ち)の強さの関係を検討しました(図2参照)。検索語の種類を、自殺方法に関するもの(例:自殺方法)、自殺に関するもの(例:死にたい、集団自殺)、その他(例:生きるのがつらい、消えたい)に分けて検討したところ、自殺方法を検索している最中に広告を発見し、相談に至った方々の自殺念慮が最も高いということが明らかになりました。
そのため、自殺方法に関する検索語に広告を打つことによって、より効率的に高い自殺のリスクに晒された方々にアプローチできると考えられます。ただし、より高い自殺のリスクにさらされた方々にどのような支援をすることが有効なのかについては十分に検討できておらず、今後の課題となっております。

図2 自殺関連語の種類(横軸)と、その検索語を通じて相談をした者の自殺念慮の強さ(縦軸)の関係(Takahashi et al., 2022)

研究課題3:どのようなタイプの広告がより多くの援助希求行動を引き出すことにつながるのか

3) 髙橋 あすみ, 土田 毅, 末木 新, 他:「死にたい」と検索する者の相談を促進するインターネット広告の要素は何か? 自殺予防と危機介入 40(2):67-74, 2020. https://cir.nii.ac.jp/crid/1390292572073722880

繰り返しになりますが、インターネット・ゲートキーパー事業を開始し、実際に相談をお受けするようになったことで、こうした枠組みでの自殺予防のためのハイリスク・アプローチが実現可能だということが明らかになりました。しかし、事業を構成する様々な要素を一つずつ確認し、その精度を上げていくことが重要な課題となっていました。ここでは、自殺関連語のウェブ検索に対して提示する広告の内容についての検討を行いました。インターネット・ゲートキーパー事業では、自殺関連語のウェブ検索の結果画面に相談を受け付ける旨の広告を提示しますが、それでは、その中身や文言はどのようなものが最適で、より多くの人が相談をしたくなるのでしょうか。この問題を検討したのが、本研究ということになります。

本研究では、2019年2~3月の約1カ月間、厚生労働省が開設している「こころの健康相談ダイヤル」に電話での相談を促す広告及びホームページを運用した結果のデータを分析したものです。広告の表示は約59万回ありました。その際、様々な要素を含む8種類の広告を提示し、各広告を構成する要素が、広告のクリック率や広告の先にあるホームページ上の通話ボタンのクリック率にどのような影響を与えたのかを検討しました(図3参照)。

図3 各広告の要素(横軸)と、電話ボタンクリック数・率の関係(髙橋他, 2020)

その結果、広告の見出しは共感的メッセージ(例:つらかったですね)よりも直接的メッセージ(例:相談して下さい)の方が約1.6 倍、見出しが共感的メッセージの場合には相談手段を説明に含んだ方が約1.2 倍、ボタンクリックの割合が高くなりました。つまり、相談を促す広告には直接的メッセージと相談手段を含むことが望ましいと考えられます。

このようにして少しずつ、どのような広告を作成すれば相談をしやすくなるかということが分かってきています。しかし、未検討の要素も多くありますので、今後もより良い広告作成に向けて、研究を積み重ねていく予定です。

 

研究課題4:どれくらい素早くレスポンスをすれば相談継続率を落とさずにやりとりを継続することができるのか

4) Takahashi A, Sueki H, Ito J: Rapid e-mail response to first-contact e-mails increases consultation continuation rates for suicide prevention. Asian Journal of Human Services 20:19-33, 2021.
http://dx.doi.org/10.14391/ajhs.20.19

ここまで、主にいかに自殺のリスクに曝された方々とコンタクトをとることができるのかという点を検討した研究を紹介してきました。しかし、実際にはコンタクトをとったあと、メールやその他の手段でいかに支援をしていくことができるのかという点を検討していくことも大事なことです。特に、インターネット・ゲートキーパー事業のようにメールというコミュニケーションが同期しないタイプのメディアを用いた場合には、電話やチャットといった同期的なメディアを使った場合とは異なる難しさがあります。

その一つは、コミュニケーションが非同期的なために、相談が途切れやすくなってしまうという問題です。特に、相談の開始時点(最初のメールのやり取り)は重要であり、ある程度のスピードが求められる(あまり返信までの時間がかかりすぎると相談が途絶えてしまう)ようでした。

本研究ではこの問題に取り組みました。具体的には、2017~2018年頃に頂いた相談メールへの返信に要した時間と、相談がその後に継続したか否かの関係を検討しました。その結果、相談のメールが来てから概ね12時間を過ぎると相談の継続率が下がってしまうことが明らかになりました。OVAでは、こうした情報を参考にしながら、相談体制を構築しています。

 

研究課題5:相談/危機介入事業の結果、相談者の自殺念慮が低くなるのか

6) Sueki H, Takahashi A, Ito J: Changes in suicide ideation among users of online gatekeeping using search-based advertising. Archives of Suicide Research, accepted. https://doi.org/10.1080/13811118.2022.2131491

最後に、メールで自殺の危機にさらされた方からの相談を受けて、そもそも意味があるのか?という点について検討をした論文を紹介させていただきます。当然のことながら、支援の結果として自殺のリスクが下がらないのであれば、それは支援ができていることにならないからです。

インターネット・ゲートキーパー事業では相談開始時に相談者さんの状態を様々な観点から教えていただきますが、その一つは自殺念慮(死にたい気持ち)の強さです。この自殺念慮が、相談開始後1ヶ月の時点でどのように変化しているのかということを、本研究では検討しました。1ヶ月後のアンケート調査にも協力いただいた167名のデータを解析した結果、相談開始時点から約1ヶ月経過した時点で、相談者さんの自殺念慮は統計的に有意に減少していました。

こうした減少については、相談の効果によるものか、あるいは単に時間が経過したことにともなう自然な低減なのかは判然としません。しかしながら、日本の自殺サイト利用者の自殺念慮を縦断的に追跡した研究(Sueki et al., 2014)のデータを確認すると(同じ測定方法で自殺念慮を測定しています)、インターネット・ゲートキーパー事業と同程度に自殺のリスクの高いインターネット利用者の自殺念慮は、6週間の間にほとんど変化がなく高い水準で推移することが明らかになっています。つまり、何もせず時間が経過すれば自然と自殺念慮が低減するわけではないということです。このことから、現状では様々な限界があるものの、少なくともインターネット・ゲートキーパー事業において提供されている相談効果の害は少なく、自殺念慮を低減させる効果があることが確認されたと言うことはできそうです。

インターネット・ゲートキーパー事業において提供されている相談の実際、相談マニュアルについては、令和元年度革新的自殺研究推進プログラム(自殺総合対策推進センター委託研究事業)の助成を受けて作成した「インターネット・ゲートキーパーの手引き」をご参照下さい。

なお、これら一連の研究・出版に際しては、科学研究費補助金、自殺総合対策推進センター革新的自殺研究推進プログラム、三菱財団社会福祉事業・研究助成、電気通信普及財団研究調査助成、中山人間科学振興財団研究助成、三菱財団人文科学研究助成、和光大学総合文化研究所/地域連携研究センタープロジェクト等からの支援を受けております。各種の研究支援に関係者一同、改めて感謝申し上げます。

末木 新(和光大学 現代人間学部 教授)

 

文献情報(実施した研究一覧)

1) Sueki H, Ito J:Suicide prevention through online gatekeeping using search advertising techniques: A feasibility study. Crisis 36:267-273, 2015. https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000322

2) Sueki H, Ito J: Appropriate targets for search advertising as part of online gatekeeping for suicide prevention. Crisis 39:197-204, 2018. https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000486

3) 髙橋 あすみ, 土田 毅, 末木 新, 他:「死にたい」と検索する者の相談を促進するインターネット広告の要素は何か? 自殺予防と危機介入 40(2):67-74, 2020. https://cir.nii.ac.jp/crid/1390292572073722880

4) Takahashi A, Sueki H, Ito J: Rapid e-mail response to first-contact e-mails increases consultation continuation rates for suicide prevention. Asian Journal of Human Services 20:19-33, 2021. http://dx.doi.org/10.14391/ajhs.20.19

5) Takahashi A, Sueki H, Ito, J: Reflection of suicidal ideation in terms searched for by Japanese Internet users. Crisis, 2022. https://doi.org/10.1027/0227-5910/a000854

6) Sueki H, Takahashi A, Ito J: Changes in suicide ideation among users of online gatekeeping using search-based advertising. Archives of Suicide Research, accepted. https://doi.org/10.1080/13811118.2022.2131491

 

引用文献情報

Sueki, H., Yonemoto, N, Takeshima, T., & Inagaki, M. (2014). The impact of suicidality-related internet use: A prospective large cohort study with young and middle-aged internet users. PloS ONE, 9, e94841. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0094841


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