事務局スタッフブログ

メルボルンの街中で見えた、アウトリーチの観点で参考になる事例5選――「Digital Marketing and Suicide Prevention Summit」参加レポート

2024年11月、オーストラリアのメルボルン大学が主催した「Digital Marketing and Suicide Prevention Summit(デジタルマーケティングと自殺対策)」に代表理事の伊藤が基調講演を行いました。

Digital Marketing and Suicide Prevention Summitとは、デジタルマーケティングや心理学、メンタルヘルスに関する専門家が集い、自殺対策の取り組みを議論するセミナーです。

当日の詳細は下記のプレスリリースにまとめていますが、滞在中はOVAも取り組んでいるアウトリーチの観点から、興味深い取り組みの発見がありました。事務局ブログでは、その一部をご紹介していけたらと思います。

■メルボルン大学主催「Digital Marketing and Suicide Prevention Summit」に登壇しました
https://ova-japan.org/?p=9020

州政府によるHIV検査を促すキャンペーン

自殺対策とは離れますが、行動を促すアプローチとしてDr. Sandyの研究にも協働しているマーケティング企業の取り組みから、「Discreet Life」というキャンペーンを最初にご紹介します。

この公的キャンペーンでは、HIV感染のリスクにつながることに気づいていないオーディエンスを対象としました。それが誰であるかというと、自身の特定を積極的に避け、家族とともに生活を送っている人々であることが分かりました。彼らのインサイト(心理的な動機や感情、意思決定に影響を与えるパターンに対する深い理解)を理解し、従来の政府的な啓発広告とは異なる、メッセージやデザイン、タッチポイント(配信場所)を見直したといいます。

「Discreet Life」キャンペーンは、これまでのHIV関連のトピックに関心を示さなかったオーディエンスに届き、HIV検査へのアクセスが増加しました。重要なのは、この行動の変化を促すことで、社会で見過ごされがちな集団が早期発見と介入を受ける可能性が高まったことです。このキャンペーンは、劇的な行動変容を促したものとなり、メディア業界での受賞もしています。

これまでにOVAが実施してきた検索連動広告の領域は20領域を超えました。どの機関でも支援対象者として把握されていない人に支援情報をより早期に提供することを意図して、OVAもこの事例と同様に支援を届けたい対象を明確化し、対象者の心理(インサイト)を理解したアウトリーチに取り組んでいます。

出典:
WPP Government & Public Sector Practice. Case study. Discreet Life
Convenience Advertising. NSW Health: HIV Testing | Case Studies

サンタにつながる電話(Telstra社)

季節限定で、公衆電話からサンタに電話をかけることができます。一番の目的は子どもたちにクリスマスの魔法をかけることですが、緊急時に最寄りの公衆電話を使えるように練習の機会をつくる狙いがあります。国際電話などを除き、基本的に公衆電話の利用は無料になっています。

特に困った状況に置かれたとき、例えばホームレス状態にある人や暴力から逃れた人、孤立した人がつながるための生命線であるためだそうです。助けを求める力を補ったり、高めたりすることにも関連するアイデアかもしれません。

出典:
Telstra (2023) How to make free calls to Santa from any Telstra payphone
Telstra. Why we’re making payphones free for calls around Australia – Telstra Exchange

郵便サービスとゲートキーパー

オーストラリア全土の郵便を担うAustralia Post社は、メンタルヘルスを支援する民間団体Beyond Blueをパートナーに、ゆるやかなつながりを促し、孤独感を軽減する取組みを行っています。

主要な活動のひとつが「コネクションポストカード」です。このカードには、Beyond Blueによるメンタルヘルスのリソースや連絡先が記載されています。デジタルではありませんが、「最近どうしていますか?」などのメッセージとともにシンプルで生活的な方法をとっています。

街中の配達車にも、「“When we connect, we feel better. “(つながることで、心が軽くなる)」というメッセージのプリントがあったのが印象的でした。

地域の郵便ネットワークが支援団体のアウトリーチを担っています。

出典:
Australia Post. Mental Health. We’re delivering the goods for mental wellbeing
Beyond Blue. Connect Postcard Campaign.

安心できる場所で働きながら STREAT

STREAT(ストリート)はメルボルンに拠点を置く社会的企業で、カフェやベーカリーを展開しています。これらのビジネスで生まれた利益を、「ユースプログラム」としてさまざまな背景、状況によって雇用への障壁が大きい若年層に提供しています。

プログラムには、バリスタや園芸などの職能的なトレーニングも含まれますが、自宅のように安心して過ごせる場所と他者との関わりのなかで、心身が健康でいられることを大切にしています。そのためのバックアップチームとして、臨床心理士、法医学心理士、ソーシャルワーカー、雇用スペシャリスト、セラピー犬が構成されていて、必要な個別支援とケアを受けられる環境となっています。

開放感のある居心地の良いカフェでした。料理も美味しかったです。

出典:STREAT. Youth Programs. https://streat.com.au/yp/

若者が支援を受けやすくする headspace

「ヘッドスペース(headspace)」は、オーストラリア全土で若者向けのメンタルヘルス支援を提供するナショナル・ユースメンタルヘルス財団が運営しています。12~25歳を対象に、早期介入を意図し、若者がメンタルヘルスの課題に対処できるよう支援することが目的です。

政府、企業、個人の支援を受けて国内に150以上の拠点(とオンライン上のe-headspace)があります。若者が気軽に訪れることができるよう彼らの意見を取り入れて設計されていて、紹介不要で内容を問わず受け付けるといった姿勢「No Wrong Door(間違ったドアはない)」をポリシーにしています。

サッカースタジアム内にあるサッカークラブのコミュニティセンターに設置されていました。バルコニーからフィールドを一望できる空間です。

私たちは、headspaceのひとつに少しだけ立ち寄りました。

このビルには、摂食障害の支援団体とメンタルヘルスに関する支援を行う団体等が一緒に拠点を構えていて、支援内容によって出直す必要はないようにもなっています。訪れる人の負担感・疲弊を減らして、包括的に支援を受けやすくする環境が意図されていました。

出典:オーストラリア政府. Headspaceについて.
出典:South Western Sydney PHN. No Wrong Door Initiatives.

■オーストラリア連邦概要

人口約2,626万人(出典:外務省基礎データ 2022年)。
2023年の自殺者数は3,214人。年齢調整死亡率(人口10万人あたり)11.8人。自殺は15歳から49歳までの人々の主要な死因※1。アボリジニおよびトレス海峡諸島民の若者は、非先住民の若者に比べて、大幅に高い自殺率となっている※2。

※1:オーストラリア政府
https://www.health.gov.au/topics/mental-health-and-suicide-prevention/suicide-in-australia

※2:Suicide Prevention Australia. Stats and Facts
https://www.suicidepreventionaust.org/news/statsandfacts

最後に

サミットの参加申込ページの最後には、取り扱う内容についての注意記載がありました。

本サミットでは、自殺、自殺予防、および自傷行為に関する話題が含まれます。これらの内容が一部の方にとってつらいものとなる可能性があることをご了承ください。サポートが必要な方や話を聞いてもらいたい方のために、以下のサービスが24時間対応で利用可能です(以下省略)。

また、セッション開始前には、相談先情報の掲載とともに「不安感やストレス、つらさを感じたときは離席を躊躇しないでください。途中離席したことについて、このなかの誰ひとり不快に(残念に)思うことはありません。」というアナウンスがありました。自身の感情の揺れに気づくこともセルフケアの実践という投げかけもあり、参加者の心理的安全性を重視する姿勢が明確に示されていたことが印象的でした。今後、OVAでイベントを企画する際にも、参考にできたらと思います。

※会場ではこちらの動画もあわせて視聴しました:StandBy National「安全な言葉遣いについて」
出典: Safe Language – Presented by StandBy Support After Suicide for Suicide Prevention Australia 2024

※末木先生のブログ「Digital Marketing and Suicide Prevention Summit 2024 に参加して:自殺予防×デジタル戦略の未来について」もぜひご覧ください。


その他の事務局スタッフブログ

URL
TBURL
Return Top