2024年11月12日にオーストラリアのメルボルン大学が主催した「Digital Marketing and Suicide Prevention Summit(デジタルマーケティングと自殺対策)」で、代表理事の伊藤が基調講演を行いました。
Digital Marketing and Suicide Prevention Summitとは、デジタルマーケティングや心理学、メンタルヘルスに関する専門家が集い、自殺対策の取り組みを議論するセミナーです。パネルディスカッションでは、OVAがパートナーシップを結んでいる末木新先生(和光大学 現代人間学部 教授)とともに、自殺対策に資するデジタルマーケティングの在り方や責任あるAIの利活用などのトピックで研究者との意見交換を行いました。
OVAは、これまでの相談活動「インターネット・ゲートキーパー」の経験を中心に、日本の自殺対策の歩み、特にICT活用が自殺対策に浸透してきた経緯を紹介しました。加えて、児童生徒向けブラウザ拡張機能「SOSフィルター」の取組みや自殺対策をより早期に、さまざまな領域で行うための展望についても共有しました。
生成AIの活用によって、個人が直面している困難や葛藤の語りから、社会的な課題を抽出し、解決可能な選択肢へと導き出していく新たな取組みについても紹介しています。
共同主催したサンダーソン・オニー博士(Dr. Sandy)は、自殺予防の研究を中心に活動する研究者で、特にインターネット広告を活用して、自殺の危機にある人に支援の手を差し伸べる取り組みを行っています。オーストラリア、米国、インドネシアでの活動の他、世界保健機関(WHO)と協力してインドネシアの自殺予防戦略の開発を主導しています。また、TEDxSydneyの講演者であり、G20サミットでもイベントをリードされています。オーストラリアでは自殺対策への貢献が評価され、2024年のNational LiFE(Living is For Everyone) Awardを受賞しました。
2022年のTEDxSydneyでは、インドネシア国内で地域ごとの言語で自殺対策のための検索連動広告を使ったアウトリーチを紹介しています。社会的なスティグマから、助けを求めることへの障壁がより高い男性に情報を届けるためのメッセージの選定を意図したことにも触れています。
出典:TED Talk. Sandersan Onie: How targeted ads might just save your life
Redditを利用したアウトリーチ
Dr. Sandyのチームは、アメリカを中心に多くのユーザーが利用するオンライン掲示板「Reddit」で実施した、広告によるアウトリーチについて紹介されました。当初は、支援を求めていない層にリーチする可能性があると懐疑的でした。しかし、このキャンペーンはメンタルヘルスに特化していないコミュニティ(Subreddit)からの大きなエンゲージメントが示されました。最初の14日間で約5万人が広告をクリックし、積極的に支援を求めていない可能性のある人々にアプローチすることに有効であることが分かりました。
プロジェクト「Hope to Exchange」(直訳:希望の共有)では、救急通報とホットラインといった相談先の掲載が主流であったランディングページで、希死念慮との葛藤を経験した個々の語りの動画や不安やストレスを和らげるための方法を専門家監修のもと掲載しています。困難な状況にあるひとの検索行動からランディングページのコンテンツ制作まで、援助要請行動を高めるためのデザインは当事者の声を広く反映して作成されているといいます。
出典:
Black Dog Institute. Hope Exchange.
Mumbrella (2024) This not-for-profit is revolutionising Google Ads and SEO for suicide prevention
自殺対策のためのデジタルマーケティング
自殺者の6割が亡くなる前にメンタルヘルスに関する支援を求めていないことを受けて、Dr. Sandyはプロジェクトのひとつである「Under the Radar」(直訳:レーダーの下)も進めています。医療サービスの「レーダーの下」を潜り抜けるこれらの人々は、誰なのか。そして彼らを意味のあるサポートにつなげるために何ができるのか。コンシューマーマーケティングの視点を取り入れて、支援が必要な人の特定から援助要請行動を高めるための要素、そして個別性の高い、必要な支援を必要なタイミングで届けるケアモデルを調査しています。
これらは、インターネットに打ち込まれる宛先のない叫びに、助けを求めることの障壁を下げて、支援者側が手を差し伸べに行くという10年間のOVAの活動と高い関連性を持つ調査研究と言えます。
出典:
Black Dog Institute. Under the radar.
終わりに
会場からは、デジタルマーケティングやAIが自殺対策の分野で必要かつ有効な手段(ツール)であることを再確認したうえで、相談データの取得経路やプライバシーへの懸念が度々挙がりました。
困難を抱えたときに支えにつながれること、その前提としての安全性・倫理性の両立が強調されるなかで、広告・テック企業側のマイクロターゲティングを介さず、同時に管理的・監視的なフィルタリングではない、OVAのブラウザ拡張機能「SOSフィルター」に期待を感じられたと話す参加者の声もありました。
加えて、当事者が自らの経験を通じて得た視点や洞察(Lived Experience:LE)を活かし、支援活動や政策に反映することを最も重要視することが共有されていました。サミットに参加した様々な分野の専門家、実践家とともに今後の協働可能性を深めていければと思います。
※本イベントの主催者および所属機関は以下の通りです。
Dr Brent Coker (University of Melbourne)
Dr Louise La Sala (Orygen/University of Melbourne)
Dr Sandersan Onie (Blackdog Institute)
※末木先生のブログ「Digital Marketing and Suicide Prevention Summit 2024 に参加して:自殺予防×デジタル戦略の未来について」もぜひご覧ください。