事務局スタッフブログ

福祉と監視のバランスを考える-行動経済学とナッジの活用-

OVAの事務局ブログをご覧いただいてありがとうございます。
今回のブログ記事は、OVAの取り組みを深堀する内容です。
先日Newspicksさまに取材頂いた記事が公開され、その中で「緩やかな介入主義(リバタリアン・パターナリズム)」という考え方について触れました。

Twitter上でも、この考え方に興味を持って頂く方が多かったので、今回は「緩やかな介入主義」についてもう少し詳しく取り上げます。

福祉サービスは人の行動に介入する:パターナリズムの原則

パターナリズム(=介入主義)とは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のために介入や支援を行う考え方を指します。いわゆる「過度なおせっかい」です。
医療や福祉の現場では、医師・支援者(=強い立場)が患者・被支援者(=弱い立場)の人の健康や生活の質(=利益)を守るために、本人の意思や自由を制限してサービスを提供(=介入・支援)する事が起こりえます。

この構造は、医療や福祉など専門性が必要な領域で見られるものです。このような構造への問題視から、インフォームドコンセントやといった概念も生まれるなど、医療福祉分野では常に取り上げられるテーマとなっています。
またより広く、国が法律によって国民を制限する、先進国が支援によって途上国を支援するなど、法律のあり方や国家間の関係性にも見られる構造です。

このような構造では、「個人の利益」と「個人の自己決定権」のバランスが議論の中心となります。

過度な「おせっかい」は嫌われる

このようなパターナリズム(=「過度なおせっかい」)は、時に人に息苦しさを感じさせます。
特にコミュニケーションテクノロジー・マーケティング技術が発達した現在は、人の行動を追跡・監視する精度が高まりました。
追跡型のオンライン広告(リマーケティング広告)や、SNSのつぶやきに合わせた広告ツイート(プロモツイート)など、普段ウェブを使っていても実感するかと思います。
より個人の行動や関心に合わせて、興味を持ちそうな情報(広告)を提供できるようになる一方、福祉分野での活用では反発もあります。

例えばイギリスでは、2014年にTwitterでフォローしている人がネガティブなツイートをすると、フォロワーにメールで通知されるアプリが開発されました。(ツイートした人はモニタリングされていることを知らない)
※参考:「ツイッターで自殺防止 英慈善団体のアプリが賛否両論」 https://www.christiantoday.co.jp/articles/14603/20141121/samaritans-twitter.htm

また韓国では、2015年に学校年代の子ども向けに、スマホでの「自殺関連の単語の使用」を検知し親に通知するアプリが開発・提供されました。
※参考:「韓国、子どもの自殺防止のためのスマホアプリを開発」 http://www.afpbb.com/articles/-/3042435

いずれの取り組みも、「困難な状況にいる人に周囲がサポートを提供する」目的の取り組みかとは思いますが、個人の複雑な感情が絡んでいたり、監視されている感覚を受けるといった点から反対意見も多く見られた例かと思います。

このように「過度なおせっかい」に思われてしまわないためには、どのような仕組みが有効なのでしょうか?

行動経済学という処方箋

「過度なおせっかい」を乗り越えるヒントが行動経済学にあるかもしれません。
行動経済学は、人の心理や行動を経済学的に理解しようとする学問です。
従来の経済学は、「個人は常に十分な情報をもち合理的な意思決定をする」という前提に基づいています。
行動経済学は、「人間は特性上、合理性では説明できない判断をする。それが市場経済にも影響を与える」という心理学的な側面もある考え方です。
この学問をベースに、人の心理に働きかけて望ましい行動を引き出す考え方がリバタリアン・パターナリズム(=緩やかな介入主義)と呼ばれるようになり、公共政策分野でも広まっています。

企業での例を挙げると、Google社の食堂が当てはまります。
同社では35,000人の社員に食事を提供しており、健康に良い食べ物を手に取りやすい手前に配置する、料理のプレートを大小2種類にするなどの工夫によって、カロリー摂取量が減少したといいます。
※参考:社員の食べ過ぎを防ぐためのグーグルの戦略 https://wired.jp/2012/10/19/inside-googles-kitchen/

このように、「押しつけがましくなく行動を促す」リバタリアンパターナリズム(=緩やかな介入主義)の仕組みが、「過度なおせっかい」を克服できる可能性があります。
OVAでは、自殺などに関する検索をした方に広告を表示し、クリックすると相談ができる特設サイトに移動します。
テクノロジーで個人の行動を追跡し、行動(相談)を促しますが、それを決めるのはあくまでも本人です。自己決定権を侵害しない設計になっています。
こういった環境設計によって、過度なおせっかいにならないよう、サービスを提供しているのです。

なぜOVAはこの問題について考えるのか。どのような社会を目指すのか

ここまでは、「パターナリズム」と「リバタリアン・パターナリズム(緩やかな介入主義)」の話をしました。
私たちが関わる自殺対策の領域でも、テクノロジーによる監視の精度向上はかなり実現されています。

インターネットの発展によって、人の思考や行動をモニタリングし、次の行動を予測することが可能になってきています。
OVAはこのような時代背景と共に、アドテクノロジー(広告の技術)を活用して活動を進めてきました。
最近は、企業がAIを使った自殺のリスクが高い人を特定する取り組みも始まっています。
※参考:人工知能が誰かの自殺を予測し、防ぐ日は近いーーFacebookも注目するアルゴリズム https://wired.jp/2017/04/02/ai-prevent-suicide/

今後このような取り組みは広まり、問題は自殺リスクが高い人を特定・リーチすることよりも、その先の受け皿(=対応する人)の問題となってくるでしょう。
また、現在、スマートウォッチなどで心拍や血圧などのバイタルサインのモニタリングも可能になっています。
将来的には、バイタルサインだけでなく、血中のホルモン濃度を測って感情をモニタリングすることも可能になるかもしれません。
つまり、自殺直前や精神的に困難な状況の時の生体情報(バイオリズム)が今よりも分かるようになり、監視の対象となる未来も考えられます。

技術の進歩により、人の気持ちや行動の監視はどんどん精度が上がっていくでしょう。
そうなると「危機的な状況だから、パターナリズムが許される」というケースが増えることも考えられます。

OVAは伊藤が活動を始めた2013年から、活動の進め方によっては非常に監視的な仕組み・社会を促進すると考えています。
そして、そのアンチテーゼとして、目指すべき社会として「優しい監視社会」という言葉を使いました。

参考:苦しいときに助けを求められる人は、強い人です。弱い人は、そもそも「助けて」と言えません http://www.ikedahayato.com/20131213/1588182.html

完全な監視社会であれば、死にたいくらいつらいことがあっても、きっと「死にたい」「生きるのがつらい」とは周囲には言えないでしょう。
それは非常に息苦しく、安心ではない社会だと思います。

悩みを抱え、苦しくて1人では解決が困難な状況、手助けが必要な状況で、いつでも助けを求められて、周囲がそれをキャッチできる。支え合える。
しかし、常に追跡・監視されているわけではない「優しい監視社会」をOVAは目指しています。

執筆者
事務局ファンドレイザー
土田毅 プロフィール

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