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社会運動は社会を変えるか? ―インド・デリーの#MeToo運動の定量分析―

社会運動が実際に社会に与えた影響を測ることは可能なのでしょうか?
経済学の観点から、統計的な手法を用いた試しみが行われています。
Synthetic control methodという統計手法を用いて、インドの女性運動が社会に与えた影響を測定した研究について深堀しす。

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今回は2019年アメリカ経済学会の発表資料から見つけた、社会運動が社会に与える影響を測定した研究をご紹介します。
アメリカ経済学会で発表されるテーマは非常に幅広く、一般的な経済学のイメージ通りのマクロ経済、政策経済、労働市場などだけでなく、仮想通貨、機械学習、ジェンダー不平等、犯罪の経済学などについても多数発表されています。

学会資料の中で見つけた、2012年のインド・デリーでの女性暴行殺人事件に対する社会運動が、インドの一都市に与えた影響を定量的に分析した研究について詳しく見てみました。
https://www.aeaweb.org/conference/2019/preliminary/1024?q=eNqrVipOLS7OzM8LqSxIVbKqhnGVrJQMlWp1lBKLi_OTgRwlHaWS1KJcXAgrJbESKpSZmwphlWWmloO0FxUUXDAFTA1AegsS00Gylkq1XDButx4c

インドにおける女性の権利の現状

研究の前提として、インドを取り巻く女性の環境は、どのようなものなのでしょうか?
インドは、ロイター社が設立したトムソンロイター財団による「女性にとって最も危険な国ランキング2018年版」のワースト1位となっています。
https://poll2018.trust.org/

この調査では5大陸から均等に選出した、女性の権利保護の専門家548人を対象に行われました。
対象者に危険な国ランキングワースト5を挙げてもらったうえで、6つの観点(ヘルスケア、差別、文化的伝統、性暴力、その他の暴力、人身取引)から見た危険な国を点数形式で評価する手法がとられました。

インドは総合でワースト1位、個別項目だと性暴力、文化的伝統、人身取引でワースト1位を記録しました。
7年前に実施された同様の調査でも4位となっており、専門家からは厳しい評価を受け続けています。

2012年の事件と社会への影響

このようなインドの現状を踏まえたうえで、アメリカ経済学会での研究では、デリーで起きた一つの事件が社会にどのような影響を与えたかが分析されました。

きっかけとなった事件は、2012年にデリーで23歳の女性が集団暴行され殺害されたものです。
(非常に暴力的な事件ですので詳細は本記事では割愛します。)

国際的にも非難を受けた凄惨な事件を受けて、インド国内ではかつてない規模のメディアでの報道、警察と司法への非難、路上での抗議活動が見られました。
国内外での報道や非難によって、行政と警察の性犯罪に対する対応見直しが進められ、法改正にまで至りました。
政府は刑法を見直す委員会を立ち上げ、2013年には性犯罪への対処に関する法改正が複数なされ、通報窓口の増設に繋がっています。

性犯罪への社会的偏見と、なぜ世論が動いたのか

性犯罪に関する社会的議論は、2017年の#Metoo運動を契機に先進国で広まりました。
日本でも法務省管轄の機関へのセクハラの相談(人権侵害の申告)は、2018年に前年度比約35%増と急増するなど、問題意識が広まっているといえます。
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_00224.html

そもそも性犯罪は、社会的偏見やそれによる法整備・司法・警察の対応の遅れなどが要因などのため、定量的に正確な実態が把握しづらい現状があり、インドも例外ではありません。
被害者が被害を届け出ることは難しく、また社会的にも議論をすることがタブーとされているテーマでもあります。
(日本でも性的な被害に遭った方の半分以上が誰にも相談していないという調査結果があります)
https://www.asahi.com/articles/ASL5J3K3VL5JUTIL00Q.html

デリーの事件が社会的な議論を呼び、法改正につながるほどの影響を持ったことは非常に珍しいと言えます。
この事件が社会変化につながった要因のひとつに、
メディアの動きが挙げられています。
研究によると、事件以降、インド国内の主要メディアで性犯罪に関する報道が30%上昇したといわれています。
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2277310

また、これらのメディアは報道にあたって、被害者とその父親のストーリーを報道しました。
被害者の学歴や地方都市から大都会に出てきたこと、学費のために家族が苦労したこと、父親のインタビューなどの報道内容が、視聴者の共感を強めたと考えられています。

社会変化の定量的な分析

このような社会的な動きを定量的に測定することはできるのでしょうか?
この論文では、2012年の動きが社会に与えた影響を測定するために、synthetic control methodという手法を用いて、デリーでの女性の犯罪被害の届け出数の変化を測定しました。
これによって、2012年の事件が2013年~2015年の期間で社会的影響を与えたかどうかを定量的に検証します。

※Sysnthetic control model自体、比較的新しい統計手法のようです。
「事件が起きた後の実際のデリー」と「事件が起きなかった場合の想定デリー」での犯罪被害の届け出数を比較することで、事件の影響を測ります。
「事件が起きなかった場合のデリー」は実際には存在しません。デリー以外のインド全土の2012年以降の被害届け出数の変化をもとに「仮想デリー」のモデルを作り、「実在デリー」と比較しています。
また、殺人事件や交通事故の届け出数の変化も考慮することで、2012年の事件が女性への犯罪被害の届け出数のみに影響があることを証明しました。

上記のような研究の結果、2012年の事件が起きなかった場合の仮想デリーと比較して、2013~2015年の間に性的暴行被害の届け出数は23%上昇し、痴漢とセクハラは40%上昇しているという結果が導かれました。

※下図:黒線が実数、赤線が「仮想デリー」。1枚目が性的暴行、2枚目が痴漢とセクハラ。
黄色で囲われている範囲が2012年の事件以降。

社会的インパクトを測る必要性

特定の出来事が社会に与えた影響を厳密に測るためには、RCTなどの手法を用いた比較検証が必要です。
このような手法での検証は、就労支援プログラムなど社会的な取り組みだけでなく、医薬品の臨床試験介入の評価などにも使われており、NPOの事業の評価にも用いられることもあります。
しかし社会的なプログラムの場合、介入「した場合」と「しなかった場合」を比較することは、倫理面や統計的な条件面で難しいことがあります(自殺予防はその最たる例かと思います)。

今回取り上げたSysnthetic control modelの手法では、過去のデータから介入「しなかった場合」の仮想モデルを作って「した場合」と比較できます。
そのため、今まで効果検証が難しかった分野で活用できる可能性があり、社会的な取り組みの評価への活用が期待できる手法かもしれません。
(まだまだ日本語の資料が少ないので、この手法について詳しい方がいたら教えて頂ければ幸いです。)

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執筆者 事務局ファンドレイザー 土田毅 プロフィール


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